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ベアリングコラム 初心者講座3 「ベアリングの材料(その2:特殊環境用ベアリング)」
- ベアリング 初心者講座
「ベアリングコラム」の読者の皆様
どうも、ベアリングコラム編集担当のWです。
今回は、「ベアリングの材料(その1)」に続き、特殊環境用ベアリングの材料をご紹介します。
1.特殊環境用ベアリングの材料
ベアリングは多くの機械に使われ、荷重(力)を支え回転を滑らかにする部品です。
なかでも、半導体、薄型ディスプレイ、記憶メディアなどの微細な電子部品の製造装置用および医療機器用のベアリングは、特殊環境(クリーン、真空、腐食、高温など)で使われます。また、ベアリングに特殊性能(非磁性、絶縁など)が求められる用途もあります(表1参照)。
表1 特殊環境用ベアリングの用途例
適用環境 | 特殊環境用ベアリングの用途 | |||
---|---|---|---|---|
半導体 製造装置 |
薄型ディスプレイ (液晶、プラズマ) 製造装置 |
記憶メディア (ハードディスク) 製造装置 |
医療機器 MRIなど) |
|
クリーン | ✔ | ✔ | ✔ | ✔ |
真空 | ✔ | ✔ | ✔ | ✔ |
腐食 | ✔ | ✔ | ||
高温 | ✔ | ✔ | ✔ | |
非磁性 | ✔ | ✔ | ✔ | |
絶縁 | ✔ |
図1 特殊環境用ベアリングが使われるMRI(磁気共鳴診断装置)
今回は、特殊環境用ベアリングに使われる材料と潤滑剤をご紹介します。
ジェイテクトでは特殊環境用ベアリングを、"EXSEV®(エクゼブ)シリーズ"と命名しています。なお、"EXSEV"は、特殊環境を意味する英語(Extreme Special Environment)に由来しています。
2.軌道輪と転動体の材料
ベアリングの軌道輪と転動体の材料は、一般的に転がり疲れに強い高炭素クロム軸受鋼が使われます。しかし、クリーン、真空などの環境ではベアリングに塗布するさび止め油が使えず、耐食性に乏しい高炭素クロム軸受鋼にさびが発生して使うことができません。そのため、使用環境と性能に適した特殊鋼またはセラミックスが使われます。
1) 特殊鋼
表2に、代表的な特殊鋼の性能と適用環境を示します。
表2 代表的な特殊鋼の性能と適用環境
特殊鋼 (代表鋼:規格 記号) |
性能 | 適用 環境 |
備考 | ||
---|---|---|---|---|---|
転がり疲れ 強さ |
放出ガス少 | 耐食性 | |||
マルテンサイト系 ステンレス鋼 (JIS SUS440C) |
+++ | +++ | + | クリーン 真空 |
|
析出硬化系ステンレス鋼 (JIS SUS630) |
++ | +++ | ++ | 腐食 | 使用荷重の制限あり |
高速度工具鋼 (JIS SKH4、 AISI M50) |
+++ | +++ | - | 高温 (300℃以上) |
|
非磁性ステンレス鋼 | ++ | +++ | + | 非磁性 | |
<比較> 高炭素クロム軸受鋼 (JIS SUJ2) |
+++ | +++ | - |
* JIS (日本産業規格)、ANSI (米国国家規格)
+++ 優、++ 良、+ 可、- 不可
- a) クリーン・真空環境では、さび止め油がクリーン環境を汚染するため、耐食性に優れるマルテンサイト系ステンレス鋼(JIS SUS440C)が使われます。
- b) 腐食環境では、マルテンサイト系ステンレス鋼が使われます。より厳しい腐食環境では、析出硬化系ステンレス鋼(JIS SUS630)が使われます。しかし、析出硬化系ステンレス鋼は転がり疲れ強さが十分でなく、使用荷重の制限があります。
- C) 高温環境では、300℃まではマルテンサイト系ステンレス鋼が使われます。300℃を超える高温では、高速度工具鋼(JIS SKH4またはANSI M50)が使われます。
セラミックス
表3に、代表的なセラミックスの性能と適用環境を示します。
表3 代表的なセラミックスの性能と適用環境
セラミックス | 性能 | 適用環境 | 備考 | |||
---|---|---|---|---|---|---|
密度g/cm3 | 転がり疲れ 強さ |
衝撃強さ | 耐熱性℃ | |||
窒化けい素(Si3N4) | 3.2 | +++ | +++ | 800 | 真空 腐食 高温 |
|
ジルコニア (ZrO2) |
6 | ++ | + | 200 | 腐食 | 使用荷重の 制限あり |
炭化けい素 (Si3C) |
3.1 | + | + | 1,000以上 | 腐食 超高温 |
使用荷重の 制限あり |
<比較> JIS SUJ2 (高炭素クロム軸受鋼) |
7.8 | +++ | +++ | 180 |
セラミックスは、真空・腐食・高温環境に優れており、さらに非磁性、絶縁などにも優れています。
また、セラミックスは鋼よりも密度が低いため転動体の遠心力(図2参照)が小さく、高速回転にも適しています。
図2 転動体の遠心力
詳しくは
をご覧ください。
3.セラミック軸受
セラミック軸受の基本的な構成には、総セラミック軸受(軌道輪・転動体のすべてがセラミックス)と、組合せセラミック軸受(転動体のみがセラミックス)があります(図3参照)。
図3 セラミック軸受
組合せセラミック軸受の場合、内輪および外輪には用途に応じた適切な材料が使われます。
なお、セラミック軸受の保持器には、使用環境と条件に応じて金属材料、樹脂材料などが使われます。
4.潤滑剤
ベアリングが安定して滑らかに回転するためには、潤滑剤は大きな役割を果たします。
詳しくは
をご覧ください。
特殊環境用ベアリングに使われる潤滑剤には、グリースと固体潤滑剤があります。
1) グリース
グリース潤滑は固体潤滑に比べて潤滑性に優れており、油分のごく少量の蒸発が許容できる範囲で使われます。200℃以下の雰囲気温度では、低蒸気圧で化学的に安定な"ふっ素系グリース"が、主に使われます。
2) 固体潤滑剤
固体潤滑剤は、グリースを使うことができないクリーン・超高真空・高温環境、またはグリースからの油分の蒸発が許容できない環境で使われます。
表4に、代表的な固体潤滑剤の性能と適用環境を示します。
表4 代表的な固体潤滑剤の性能と適用環境
種類 | 代表的な 固体潤滑剤 |
性能 | 適用環境 | |||
---|---|---|---|---|---|---|
熱安定性、℃ | 発じん量 少 |
放出ガス 少 |
||||
大気 | 真空 | |||||
軟質金属系 | 銀 (Ag) |
― | 600 以上 |
+ | +++ | 超高真空 |
層状結晶 構造物質 |
二硫化 モリブデン (MoS2) |
350 | 1,350 | + | ++ | 真空、高温 |
二硫化 タングステン(WS2) |
425 | 1,350 | + | ++ | ||
高分子系 | ポリテトラ フルオロ エチレン(PTFE) |
260 | 260 | +++ | + | クリーン、 真空、腐食 |
+++ 優、++ 良、+ 可
a) 軟質金属系固体潤滑剤
軟質金属系は、ベアリングからの放出ガスが少なく超高真空環境に適し、ベアリングの転動体にコーティングして使われます(図4参照)。
図4 銀をコーティングした転動体(玉)
b) 層状結晶構造物質固体潤滑剤
熱安定性がある層状結晶構造物質は高温環境に適し、軌道輪や保持器にコーティングしたり、または保持器の材料に含有して使われます。しかし、層状結晶構造物質は発じん(塵)量が多く、クリーン環境には適しません。
c) 高分子系固体潤滑剤
発じん量が少ない高分子系はクリーン環境と腐食環境に適し、また大気と真空環境とを繰り返す使用条件にも適しています。高分子系固体潤滑剤は、軌道輪や保持器にコーティングしたり、または保持器の材料として使われます。
5.特殊環境用ベアリングの材料の選びかた
特殊環境用ベアリングの材料には、使用環境と性能に応じた材料の組合せから、詳細な使用条件(温度、荷重、回転速度など)の検討をもとに最適な組合せが選ばれます。
表5に、クリーン環境で使われるベアリングの材料の例を示します。
表5 クリーン環境で使われるベアリングの材料の例
クリーン度 (クラス) |
雰囲気 温度 ℃ |
材料 | 潤滑剤 | 写真 | |||
---|---|---|---|---|---|---|---|
軌道輪 | 転動体 | 保持器 | シールド | ||||
高 (10~100) |
200以下 | マルテンサイト系 ステンレス鋼 |
オーステナイト系 ステンレス鋼 |
ふっ素系高分子 コーティング (軌道輪、転動体) |
図5 | ||
中 (100~1,000) |
200以下 | マルテンサイト系 ステンレス鋼 |
オーステナイト系 ステンレス鋼 |
ふっ素系グリース 封入 |
図6 |
図5 クリーン環境用ベアリング(ふっ素系高分子コーティング)
図6 クリーン環境用ベアリング(ふっ素系グリース封入)
6.まとめ
- 特殊環境用ベアリングの軌道輪と転動体の材料には、使用環境と性能に適した高炭素クロム軸受鋼、特殊鋼またはセラミックスが使われます。セラミックスは、真空・腐食・高温環境に優れており、さらに非磁性、絶縁などにも優れています。
- 特殊環境用ベアリングに使われる潤滑剤には、グリースと固体潤滑剤とがあります。潤滑性に優れるグリース潤滑は、油分の蒸発が許容できる範囲内で使われます。固体潤滑剤は、グリースを使うことができない環境で使われます。
- 特殊環境用ベアリングの材料は、使用環境と性能に応じた材料の組合せから、詳細な使用条件(温度、荷重、回転速度など)の検討をもとに最適な組合せが選ばれます。
詳しくは
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次回の「ベアリングコラム 初心者講座」もご期待ください。