ベアリングコラム 初心者講座5 「ベアリング用グリース」
- ベアリング コラム
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どうも、ベアリングコラム編集担当のWです。
ベアリングは多くの機械に使われ、力(荷重)を支え回転を滑らかにする部品です。ベアリングが「安定して」滑らかに回転するためには、潤滑が大きな役割をはたします。汎用的な多くのベアリングは潤滑剤にグリースを使用しており、ベアリングの性能はグリースによって決まるといっても過言ではありません。
今回は、ベアリング用グリースの要求性能をご紹介します。
1.ベアリングの潤滑とは
表1に示すように、ベアリングの主な潤滑には、半固体状(クリームのような状態)のグリースを使うグリース潤滑と、潤滑油を使う油潤滑があります。
表1 代表的なベアリングの潤滑
No. | 項目 | グリース潤滑 | 油潤滑 |
---|---|---|---|
1 | 密封装置 | 簡易 | やや複雑 装置の保守に注意が必要 |
2 | 潤滑性能 | 良い | 非常に良い |
3 | 回転速度 | 低・中速領域 | 高速領域にも使用できる |
4 | 潤滑剤の交換 | やや複雑 | 簡易 |
5 | 潤滑剤の寿命 | 比較的短い | 長い |
6 | 冷却効果 | なし | 良い(ただし循環が必要) |
7 | ごみのろ過 (異物の排除) |
困難 | 容易 |
一般的に、油潤滑はグリース潤滑よりも潤滑性能が優れており、高速回転領域、大きな冷却効果、ごみのろ過などが必要な場合に使われます。しかし、液体状の潤滑剤は漏れやすいため、それを封じ込める複雑な密封装置が必要となります。
密封装置については、こちらをご覧ください。
一方、グリース潤滑では、潤滑油を半固体状(クリームのような状態)にして潤滑油の漏れを防ぎます。そのため、グリース潤滑では密封構造が簡素化でき、それによって機械の構造が簡素となります。また、密封構造の簡素化により、機械の保守点検も軽減できます。
特に、図1に示すグリースを入れたベアリングは取扱いが容易であり、多くの機械に使われています。
図1 グリースを入れたベアリング
2.グリースとは
表2に示すように、グリースの成分は、①増ちょう剤、②基油(潤滑油)および③添加剤です。
これらの成分と量とを調整・配合して、ベアリングの用途に適したグリースが作られます。
表2 グリースの成分と役割
成分 | 役割 | |
---|---|---|
グリース | 増ちょう剤 | 基油の中に分散して、油分を保持して半固体状にする (使用温度範囲、機械的安定性などの特性を定める) |
基油(潤滑油)1) | 潤滑性能に優れた油 | |
添加剤 | 用途に応じた性能を補う (例:重荷重・衝撃荷重に耐える、熱による劣化防止、さびの発生防止) |
[注] 1) グリースの原料として用いる潤滑油を、基油(きゆ)と呼びます。
1) 増ちょう剤
増ちょう剤は、基油の中に分散され、基油を保持する固体成分です。
増ちょう剤には、図2に示すように、長さ数 μm(マイクロメートル)1)、太さ数10~数100 nm(ナノメートル)2)の非常に小さな繊維状のものが主に用いられます。
注 1) 1 μm=0.001 mm
2) 1 nm=0.001 μm=0.000 001 mm
図2 増ちょう剤繊維の電子顕微鏡写真
増ちょう剤は、ベアリングの回転前(静止している状態)では、図3に示すように、互いに網目状に絡んでその中に基油を保持しています。
図3 網目状の増ちょう剤
ベアリングが回転すると、転動体(玉または ころ)と軌道輪(スラスト軸受では軌道盤)との間でせん(剪)断を受け、図4に示すように、増ちょう剤の網目状の絡み合いが解けて配向(同じ方向になびく)します。この配向により、ベアリングは小さな力で滑らかに回転することができます。
図4 配向した増ちょう剤
ベアリングが回転しない状態で時間が経つと、図5に示すように、増ちょう剤は網目状に戻り、基油が漏れにくくなります。
図5 網目状に戻った増ちょう剤
なお、増ちょう剤が大きなせん断を受けた場合、または熱により劣化した場合には、図6に示すように、増ちょう剤が壊れて基油を保持する性能が失われます。
図6 壊れた増ちょう剤
増ちょう剤には、基油とのなじみが良く、それ自体に潤滑性能の良い材質が選ばれます。基油とのなじみが良い増ちょう剤は、少ない量で多くの基油を保持します。
表3に、主なベアリング用グリースの増ちょう剤を示します。
表3 主なベアリング用グリースの増ちょう剤
グリースの種類 | 増ちょう剤 |
---|---|
金属石けん基グリース | リチウム石けん |
カルシウム石けん | |
ナトリウム石けん | |
非金属石けん基グリース | 尿素化合物(ウレア) |
ふっ素化合物 |
なかでも、「リチウム石けん」は最も用途が広く、水や高温にさらされたり、ベアリングの回転時にせん断を受けても繊維が壊れにくいという特長があります。また、高温用のベアリング用グリースの増ちょう剤には、化学的に安定している尿素化合物(ウレア)が用いられます。
増ちょう剤の濃度(配合量)とグリースの硬さには密接な関係があり、増ちょう剤が少ないと柔らかいグリース、増ちょう剤が多いと硬いグリースとなります。なお、グリースの硬さは「ちょう度」という指標で測ります。図7に示すように、「ちょう度」は規定の金属製円すいが5秒間に自重で侵入する深さ(mm)を10倍した数値で表し、大きな値ほど柔らかいグリースとなります。
図7 ちょう度の測定方法
2)基油(潤滑油)
表4に主な基油のタイプと特長を示します。
表4 基油のタイプと特長
タイプ | 長所 | 短所 |
---|---|---|
鉱油 (石油から蒸留・精製) |
・比較的安価で、潤滑性能が良い。 | ・精製しきれない不純物により潤滑性能が低下する(高温で劣化(変質)、低温で高粘度)。 |
合成油 (化学物質を反応させて作る) |
・化学的に安定で不純物を含まないため、高温で劣化(変質)しにくい。 ・高温から低温まで粘度の変化が少なく、鉱油よりもグリースの使用温度範囲が広がる。 |
・高価である。 |
一般的には、グリースの基油には鉱油が多く用いられます。
一方、高温での安定性や低温での流動性が要求されるグリースには、合成油が用いられます。
3)添加剤
添加剤は、増ちょう剤と基油だけでは得られない特性を補います。
添加剤の目的には、
①グリースの潤滑性能を高める
②熱によるグリースの劣化(変質)を防ぎ耐久性を向上させる
③さび(錆)の発生を防ぐ
などがあります。
3.ベアリング用グリースへの要求性能
表5にベアリング用グリースへの主な要求性能とその例を示します。
表5 ベアリング用グリースへの要求性能とその例
No. | 要求性能 | 要求性能の例 |
1 | 温度特性 | 用途に応じた温度範囲での潤滑性能の確保 高温での安定性確保 低温での流動性確保 |
2 | 耐久性 | グリースで長時間の潤滑性能の確保 |
3 | 高速性 | 高速回転時の温度上昇の抑制 |
4 | 音響特性 | ベアリング回転時の静粛性 |
1)温度特性
ベアリングにはさまざまな用途がありますが、適合する温度範囲はほぼグリースによって決まります。
高温で使用するベアリング用グリースは、化学的に安定して高温でも劣化しにくい、尿素化合物(ウレア)増ちょう剤と合成油とを組み合せています。
一方、低温で使用するベアリング用グリースは、低温で固化してベアリングが回転しなくなることを防ぐように流動性に優れた基油を用います。
2)耐久性
自動車用では、少量のグリース量で自動車の寿命まで長時間にわたって潤滑し続ける耐久性が要求されます。このため、増ちょう剤と基油に加えて多くの種類の添加剤が配合されたグリースを用いて、グリースの劣化とベアリングの摩耗を抑制します。
3)高速性
高速で回転するベアリングには、温度上昇を抑制するグリースが要求されます。このため、ベアリングの回転によるグリースのかくはん(撹拌)抵抗の低減が必要となります。高速で回転するベアリングには、図8および図9に示すように、ベアリングの回転によって転動面から排除されたグリースから基油が徐々に滲(にじ)み出すよう、グリースの調整と配合がなされています。
a) 基油が滲み出しやすいグリース b) 基油が滲み出しにくいグリース
図8 ベアリングの回転によるグリースの撹拌
図9 排除されたグリースから基油が滲み出すメカニズム
4)音響特性
ベアリング用グリースには、回転時の静粛性が要求されます。
グリースの中で増ちょう剤は、図10に赤丸で示すように、繊維が絡み合った数~数十μm程度の塊のような状態で存在します。
図10 増ちょう剤の塊
ベアリングの回転時に、転動体(玉または ころ)がこの塊を通過するとベアリングが振動して、結果として音が発生します。このため、大きな増ちょう剤の塊をすり潰して細かく分散する「ロール掛け」を施したグリースが用いられます。
4.まとめ
- グリースは、潤滑油を半固体状(クリームのような状態)にして潤滑油の漏れを防ぎます。グリースを入れたベアリングは取扱いが容易であり、多くの機械に使われています。
- グリースの成分は、①増ちょう剤、②基油(潤滑油)および③添加剤であり、これらの成分と量とを調整・配合して、ベアリングの用途に適したグリースが作られます。
- 要求性能(温度特性、耐久性、高速性、音響特性など)に応じたグリースが開発され、ベアリングの性能を高めています。
なお、今回ご紹介したグリース潤滑以外の潤滑剤として、固体潤滑剤がありますので、ぜひこちらもご覧ください。
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